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観音寺坐禅会 子供たちが沢山 にぎやかな坐禅会 テレビ取材も
5月12日は第2土曜で、毎月恒例の坐禅会が佐伯区観音寺で行われました。
参加者は、20名以上の団体(空手選手の皆さん)を含め、50名ほどいらっしゃいました(過去最多)
しかも、今回はテレビ局の方が取材に来られて、最初に、参加者の方々にインタビューされていました。
それから、初心者講習。坐禅の組み方、呼吸法その他の説明です。
子供さんも真剣に聞いていました。

そして、一回目の25分の坐禅がすむと、5分ほど休憩をとります。皆さん足をほぐしたり、中には仏像を眺めているお子さんも。


こうして、テレビカメラを意識しないように、いつものように25分の坐禅を2セットおえますと、みなさんとテーブルを囲んでお茶をいただきながら、茶話会となりました。
今回の坐禅会も、「やまだ屋」さんから、参加者の皆さんへ沢山の施菓をいただきました。「やまだ屋」さん誠に有り難うございました!
やまだ屋さんの施菓「桐葉菓」

皆さんが楽しくお菓子を召し上がっているところをお邪魔しまして、私からのお話。
今日は空手の選手の皆さんがたくさんいらっしゃっていますから、武道と禅のお話をしたいと思います。
武道には空手道、柔道、剣道など色々ありますが、昔から禅と深いつながりがありました。
江戸時代の初めに活躍した武士で、柳生宗矩という人知っている人?結構いますね。
その柳生宗矩ともう一人有名な宮本武蔵の話です。

柳生宗矩は、徳川家康に仕えた人で、2代将軍秀忠公、3代将軍家光公の剣術を指導する役についていました。剣術において最強といわれた一人でしたが、どうしてそんなに強かったかというと禅の修行をしたからなんです。
たくあんの漬物を考えたといわれる沢庵和尚のもとで坐禅をして禅の修行をしたことで剣術がさらに強くなりました。
その宗矩に剣術を学んでいた3代将軍家光公が質問をします。
「なぜ自分の剣の腕は上がらないのか」
すると、宗矩は「これ以上は、剣術だけではなく、禅による心の鍛錬が必要です。」
と答えて、自分の禅の師匠である沢庵和尚を紹介し、家光公は沢庵和尚から禅を学んだそうです。
その宗矩が残した言葉で有名な言葉があります。「人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり。」
他人に勝つ道を私は知らないが、自分に勝つ道は知っていると言ったんですね。
もう1人の宮本武蔵はどうだったかというと、武蔵も禅の修行をしていました。
おじさんが禅僧で、そのもとで禅の修行をし剣術を極めました。
武蔵はまた、画のほうも見事な腕前でした。
武蔵はある時、肥後国の熊本藩の細川公に呼ばれて、みんなの前でダルマさんを描くことになりました。
しかし、武蔵はなかなかうまく描くことができません。結局、今日はやめにしますと家へ帰ります。
武蔵は、その夜、寝てからもダルマさんの画のことが気になって、あれこれと考えます。そして、夜中にふっと起き上がると、ろうそくの灯の下でダルマさんの画を描くと、見事なできばえでした。
ダルマさんの画

その時、武蔵はそばにいた家の者にこう言いました。
「わしの画はまだまだ剣術にはおよばないようだ。昼は殿の命令でなんとかうまく描こうと思って、結局うまく描けなかった。しかし、夜は、わたしの剣術をつかって描いたが見事なできばえである。わたしの剣術は太刀を持って立ち出る時、自分もいない、敵もいない、天地を破る気持ちであるから、何も恐れるところはない。それに比べるとわしの画は剣術の足もとにもおよばない。」
武蔵は、細川公のためにうまく描こうといった心に負けて、うまく描けなかったんですね。しかし、自分も相手もいない、そういう剣術の時の気持ちで描いたらうまく描けました。
つまり、結果が出る前から、自分の心に負けてはいけないということです。
うまくやろうとか考えず、自分もいない、敵もいない、周りに見ている人もいない、そういう思いをすてきって今の事に一つとなっていくことを禅の修行によって柳生宗矩と宮本武蔵は身につけたのでしょうね。
選手の皆さんも、空手の試合の前、坐禅を坐ってしなくてもいいですから、立ったままでも「一つ…」と呼吸をととのえていって、自分もない、敵もいない、空手と一つとなって、いい試合をして下さいね。
こういうお話をしました。
今回の坐禅会は、お子さんが多くいらっしゃったり、テレビの取材があったりということで、いつも以上に楽しんで坐られた方が多かったようです。
また、子供さんが、空手選手ということもあってか、非常に礼儀正しいのに感心いたしました。
そして、皆さんが帰られた後は、お恥ずかしいことに、テレビ局の方から、私もインタビューを受けまして、その様子も合わせて、テレビで放送されることとなりました。
広島ホームテレビ「Jステーション」で、5月22日の午後6時15分から放送予定です。
予定が変わりましたら、またお知らせしたいと思います。
では、また来月、あじさいの季節の坐禅会へどうぞお越し下さい!
参加者は、20名以上の団体(空手選手の皆さん)を含め、50名ほどいらっしゃいました(過去最多)
しかも、今回はテレビ局の方が取材に来られて、最初に、参加者の方々にインタビューされていました。
それから、初心者講習。坐禅の組み方、呼吸法その他の説明です。
子供さんも真剣に聞いていました。

そして、一回目の25分の坐禅がすむと、5分ほど休憩をとります。皆さん足をほぐしたり、中には仏像を眺めているお子さんも。


こうして、テレビカメラを意識しないように、いつものように25分の坐禅を2セットおえますと、みなさんとテーブルを囲んでお茶をいただきながら、茶話会となりました。
今回の坐禅会も、「やまだ屋」さんから、参加者の皆さんへ沢山の施菓をいただきました。「やまだ屋」さん誠に有り難うございました!
やまだ屋さんの施菓「桐葉菓」

皆さんが楽しくお菓子を召し上がっているところをお邪魔しまして、私からのお話。
今日は空手の選手の皆さんがたくさんいらっしゃっていますから、武道と禅のお話をしたいと思います。
武道には空手道、柔道、剣道など色々ありますが、昔から禅と深いつながりがありました。
江戸時代の初めに活躍した武士で、柳生宗矩という人知っている人?結構いますね。
その柳生宗矩ともう一人有名な宮本武蔵の話です。

柳生宗矩は、徳川家康に仕えた人で、2代将軍秀忠公、3代将軍家光公の剣術を指導する役についていました。剣術において最強といわれた一人でしたが、どうしてそんなに強かったかというと禅の修行をしたからなんです。
たくあんの漬物を考えたといわれる沢庵和尚のもとで坐禅をして禅の修行をしたことで剣術がさらに強くなりました。
その宗矩に剣術を学んでいた3代将軍家光公が質問をします。
「なぜ自分の剣の腕は上がらないのか」
すると、宗矩は「これ以上は、剣術だけではなく、禅による心の鍛錬が必要です。」
と答えて、自分の禅の師匠である沢庵和尚を紹介し、家光公は沢庵和尚から禅を学んだそうです。
その宗矩が残した言葉で有名な言葉があります。「人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり。」
他人に勝つ道を私は知らないが、自分に勝つ道は知っていると言ったんですね。
もう1人の宮本武蔵はどうだったかというと、武蔵も禅の修行をしていました。
おじさんが禅僧で、そのもとで禅の修行をし剣術を極めました。
武蔵はまた、画のほうも見事な腕前でした。
武蔵はある時、肥後国の熊本藩の細川公に呼ばれて、みんなの前でダルマさんを描くことになりました。
しかし、武蔵はなかなかうまく描くことができません。結局、今日はやめにしますと家へ帰ります。
武蔵は、その夜、寝てからもダルマさんの画のことが気になって、あれこれと考えます。そして、夜中にふっと起き上がると、ろうそくの灯の下でダルマさんの画を描くと、見事なできばえでした。
ダルマさんの画

その時、武蔵はそばにいた家の者にこう言いました。
「わしの画はまだまだ剣術にはおよばないようだ。昼は殿の命令でなんとかうまく描こうと思って、結局うまく描けなかった。しかし、夜は、わたしの剣術をつかって描いたが見事なできばえである。わたしの剣術は太刀を持って立ち出る時、自分もいない、敵もいない、天地を破る気持ちであるから、何も恐れるところはない。それに比べるとわしの画は剣術の足もとにもおよばない。」
武蔵は、細川公のためにうまく描こうといった心に負けて、うまく描けなかったんですね。しかし、自分も相手もいない、そういう剣術の時の気持ちで描いたらうまく描けました。
つまり、結果が出る前から、自分の心に負けてはいけないということです。
うまくやろうとか考えず、自分もいない、敵もいない、周りに見ている人もいない、そういう思いをすてきって今の事に一つとなっていくことを禅の修行によって柳生宗矩と宮本武蔵は身につけたのでしょうね。
選手の皆さんも、空手の試合の前、坐禅を坐ってしなくてもいいですから、立ったままでも「一つ…」と呼吸をととのえていって、自分もない、敵もいない、空手と一つとなって、いい試合をして下さいね。
こういうお話をしました。
今回の坐禅会は、お子さんが多くいらっしゃったり、テレビの取材があったりということで、いつも以上に楽しんで坐られた方が多かったようです。
また、子供さんが、空手選手ということもあってか、非常に礼儀正しいのに感心いたしました。
そして、皆さんが帰られた後は、お恥ずかしいことに、テレビ局の方から、私もインタビューを受けまして、その様子も合わせて、テレビで放送されることとなりました。
広島ホームテレビ「Jステーション」で、5月22日の午後6時15分から放送予定です。
予定が変わりましたら、またお知らせしたいと思います。
では、また来月、あじさいの季節の坐禅会へどうぞお越し下さい!
地植えのサツキ 一番初めに開花したのは
5月に入りまして、ゴールデンウィーク真っ只中という方もいらっしゃるかと思います。
私は仕事があってゴールデンではないという方もいらっしゃるでしょうね。
私も今日は法事がございました。
さて、このところ雨がよく降っておりまして、サツキの水やりをしておりませんでしたが、
今日久しぶりに、先月地植えをしたサツキを見に斜面へ上がってみますと…

咲いておりました!
ロージーという品種のサツキです。

葉っぱの中にうずまって咲いておりました。
ツツジと比べて、サツキは小ぶりの花ですが、それがまた可愛らしく感じます。
あと10種類のサツキを植えたのですが、他のサツキはまだ開花しておりませんでした。
次に開花しそうなのは…

真如の月のようです。
つぼみが膨らんできています。
どんな花が咲くか楽しみです!

私は仕事があってゴールデンではないという方もいらっしゃるでしょうね。
私も今日は法事がございました。
さて、このところ雨がよく降っておりまして、サツキの水やりをしておりませんでしたが、
今日久しぶりに、先月地植えをしたサツキを見に斜面へ上がってみますと…

咲いておりました!
ロージーという品種のサツキです。

葉っぱの中にうずまって咲いておりました。
ツツジと比べて、サツキは小ぶりの花ですが、それがまた可愛らしく感じます。
あと10種類のサツキを植えたのですが、他のサツキはまだ開花しておりませんでした。
次に開花しそうなのは…

真如の月のようです。
つぼみが膨らんできています。
どんな花が咲くか楽しみです!

サツキ 一足先に開花
4月下旬になって一気に気温が高くなりました。
真夏日となった地域もあるようですね。
さて、この時期になりますと、ツツジの花が開花いたしますが、
ツツジの中でもサツキツツジは1か月ほど遅咲きです。
サツキは、旧暦5月(皐月 さつき)に一斉に咲きそろうということで
その名がついたともいわれています。
サツキの開花時期は、5月中旬から6月中旬頃なのです。
しかし、一足先にサツキが開花いたしました。

植木鉢に小さいピンクの花が咲いています。
実は、これは昨年7月に挿し木をしたサツキなんです。
暑い夏と寒い冬を乗り越えたサツキが、花を咲かせました。

挿し木して1年でも花を咲かせるんですね。
他の挿し木は開花しませんでしたが、来年はもっと花を咲かせてくれそうです。
真夏日となった地域もあるようですね。
さて、この時期になりますと、ツツジの花が開花いたしますが、
ツツジの中でもサツキツツジは1か月ほど遅咲きです。
サツキは、旧暦5月(皐月 さつき)に一斉に咲きそろうということで
その名がついたともいわれています。
サツキの開花時期は、5月中旬から6月中旬頃なのです。
しかし、一足先にサツキが開花いたしました。

植木鉢に小さいピンクの花が咲いています。
実は、これは昨年7月に挿し木をしたサツキなんです。
暑い夏と寒い冬を乗り越えたサツキが、花を咲かせました。

挿し木して1年でも花を咲かせるんですね。
他の挿し木は開花しませんでしたが、来年はもっと花を咲かせてくれそうです。
布教師 自主勉強会
19日、20日と布教師の自主勉強会に行ってまいりました。
布教師となった新人の9名が集まっての勉強会です。
さらに、先輩の布教師さんもご足労いただいて、勉強会のお世話をして下さいました。
ありがとうございます。
会場は、岡山の少林寺さんです。布教師で同期の和尚さんが住職をつとめているお寺です。
少林寺

少林寺さんには、江戸時代に活躍された有名な禅僧、白隠禅師も来られて、提唱(ていしょう)をされて禅の教えを説かれたこともあるそうです。
本堂にかけられた記録に「白隠老和尚」

境内の内外をいろいろと拝見させていただいた後、いよいよ勉強会の開会の時間となりました。
このたびの勉強会の講師は、布教師の大大大先輩の中西東峰師です。
まず、午後1時半から、ご講師から1時間の講話をいただきました。
勉強会会場

次は、いよいよ法話実習です。1人15分の法話を行い、ご講師から講評をいただきました。
それぞれ1回目の法話を終え、夜の7時前に法話実習もおわりました。
そこで、2回目の法話のお題をご講師からいただきました。
宿泊ホテルに移動し夕食をいただいた後、9時すぎから、2回目の法話作成です。
このたびの勉強会のテーマでもあります「社会不安増大の今、現代禅侶としての寄り添い方を問う」のもとで、与えられたお題の法話を考えるのですが、なかなか結論がパッと頭に浮かびません。
時間は刻々と過ぎていきます。今回も徹夜かな?
そう思いながら、深夜2時になって、ベッドの上に仰向けになって瞑想しながら、話を練っておりました。
ハッと気づくと、朝の6時になっておりました。しまった〜
それでも、なんとか?原稿を書いて、朝食後、お寺へ移動し、発表させていただきました。
やはり話が練られていないため、皆さんからいただいた互評用紙には、色々なご指摘をたまわりました。
2回目の発表を終え、ご講師から今回の勉強会の総評をいただき、勉強会は午後1時すぎに閉会となりました。
その後、少林寺の和尚さんが、近くにあります岡山の曹源寺を案内して下さいました。
曹源寺

曹源寺は、修行寺でもありまして、外国人の修行僧が30人位修行されているそうです。
山門

護国山という曹源寺の山号が書かれた額がかかっていました。
仏殿

山門をくぐると、仏殿に到着。突き当って左に行くと経蔵。右に行くと庭園へ。
曹源寺庭園

京都の天龍寺にある曹源寺庭園は、この曹源寺の庭園がモデルだそうです。
カメラを持参していなかったので、携帯での写真です。
私の腕では、なかなかこの素晴らしさをお伝えできません。
曹源寺を拝観させていただいて、国清寺さんにも案内していただいて、岡山駅まで送っていただきました。
なかなかお参りする機会がありませんでしたので、たいへん有り難かったです。
岡山の和尚さんありがとうございました!
今回の勉強会では、ご講師の中西先生から貴重なご講評をたまわり、参加者の布教師さんのお話や互評がたいへん勉強になりました。
お寺へ帰って、戴いたものをしっかりと自分のものとし、今後に活かせるよう務めてまいりたいと思います。
布教師となった新人の9名が集まっての勉強会です。
さらに、先輩の布教師さんもご足労いただいて、勉強会のお世話をして下さいました。
ありがとうございます。
会場は、岡山の少林寺さんです。布教師で同期の和尚さんが住職をつとめているお寺です。
少林寺

少林寺さんには、江戸時代に活躍された有名な禅僧、白隠禅師も来られて、提唱(ていしょう)をされて禅の教えを説かれたこともあるそうです。
本堂にかけられた記録に「白隠老和尚」

境内の内外をいろいろと拝見させていただいた後、いよいよ勉強会の開会の時間となりました。
このたびの勉強会の講師は、布教師の大大大先輩の中西東峰師です。
まず、午後1時半から、ご講師から1時間の講話をいただきました。
勉強会会場

次は、いよいよ法話実習です。1人15分の法話を行い、ご講師から講評をいただきました。
それぞれ1回目の法話を終え、夜の7時前に法話実習もおわりました。
そこで、2回目の法話のお題をご講師からいただきました。
宿泊ホテルに移動し夕食をいただいた後、9時すぎから、2回目の法話作成です。
このたびの勉強会のテーマでもあります「社会不安増大の今、現代禅侶としての寄り添い方を問う」のもとで、与えられたお題の法話を考えるのですが、なかなか結論がパッと頭に浮かびません。
時間は刻々と過ぎていきます。今回も徹夜かな?
そう思いながら、深夜2時になって、ベッドの上に仰向けになって瞑想しながら、話を練っておりました。
ハッと気づくと、朝の6時になっておりました。しまった〜
それでも、なんとか?原稿を書いて、朝食後、お寺へ移動し、発表させていただきました。
やはり話が練られていないため、皆さんからいただいた互評用紙には、色々なご指摘をたまわりました。
2回目の発表を終え、ご講師から今回の勉強会の総評をいただき、勉強会は午後1時すぎに閉会となりました。
その後、少林寺の和尚さんが、近くにあります岡山の曹源寺を案内して下さいました。
曹源寺

曹源寺は、修行寺でもありまして、外国人の修行僧が30人位修行されているそうです。
山門

護国山という曹源寺の山号が書かれた額がかかっていました。
仏殿

山門をくぐると、仏殿に到着。突き当って左に行くと経蔵。右に行くと庭園へ。
曹源寺庭園

京都の天龍寺にある曹源寺庭園は、この曹源寺の庭園がモデルだそうです。
カメラを持参していなかったので、携帯での写真です。
私の腕では、なかなかこの素晴らしさをお伝えできません。
曹源寺を拝観させていただいて、国清寺さんにも案内していただいて、岡山駅まで送っていただきました。
なかなかお参りする機会がありませんでしたので、たいへん有り難かったです。
岡山の和尚さんありがとうございました!
今回の勉強会では、ご講師の中西先生から貴重なご講評をたまわり、参加者の布教師さんのお話や互評がたいへん勉強になりました。
お寺へ帰って、戴いたものをしっかりと自分のものとし、今後に活かせるよう務めてまいりたいと思います。
観音寺坐禅会 花見の季節に自分を見つめる
山の桜も次々満開へ

4月14日は第2土曜で、毎月恒例の坐禅会が佐伯区観音寺で行われました。
参加者は、初参加の方9名を含め、22名のご参加となりました。
天気が予報よりも良く、沢山の方々にお越しいただけました。

そして、いつものように25分の坐禅を2セットおえますと、みなさんとテーブルを囲んでお茶をいただきながら、茶話会となりました。
今回の坐禅会も、「やまだ屋」さんから、坐禅会参加者の方へ、たくさんの施菓をいただきました。「やまだ屋」さん誠に有り難うございました!
施菓(もみじ饅頭と英雄清盛)

やまだ屋さんのお菓子を皆さんと有り難くいただきながら、私からのお話。
今日は、正直な心の話をしたいと思います。
江戸時代の初期に案山吉道和尚という人がおりました。
案山和尚がある時、木曽路、今の長野県のあたりを旅していると、途中で山賊に出会ってしまいました。
すると、案山和尚はすぐに着ているものを脱いで、「さあ、これでいいんじゃろ」と山賊に手渡すと、ふんどし一丁ですたすた歩いていってしまいました。
こうして、しばらく歩いていた案山和尚、途中でふと気が付きました。
「あっ、ふんどしにお金を入れていたのを忘れておった。」
なんと、お金はふんどしに入れていて、無事だったのです。
しかし、何を思ったのか案山和尚、来た道を戻っていきます。そしてまた、先程の山賊を見つけると、
「いや、すまん、すまん。ここにもまだあったわい。」とお金を渡したのです。
山賊は驚いて、手にお金を押し付けられたまま、口をあんぐり開けて和尚の顔を見ています。
すこしたって、山賊は地面にひれ伏して、涙を流しながら言いました。
「私は凶暴な性格で、今まで人をおどして金や着物を奪ってきましたが、今、生き仏のようなあなたを見て、自分の罪深さを知りました。どうか罪ほろぼしに弟子にして下さい。」
案山和尚、これを聞いて山賊の改心を大いに喜び、それからは常にそばに従えて仏の道を説き、山賊もその後立派な僧侶として生涯を全うしたといいます。
「山」賊を「吉(よい)」「道」へ「案」内した和尚、案山吉道和尚と私は覚えました。
私達は、自分が他人よりも得をするために生きるのでしょうか。いやそれは本当に愚かな道です。
私達の苦しみ、悩みの根本は、自分の我です。
自分の思い通りにしたい、人よりも得をしたい、そんな我が私達を苦しめます。
そのような我はもともと無かったものです。
その我のない本来の自分に帰ること、もともと損得などのない、正直な心になることが私達の本来の生き方です。山賊は、案山和尚の正直な心、我というもののない心に触れ、本来の姿に帰ることができました。
私達も、坐禅をしながら、この我、煩悩妄想をふり払って、自分自身を正直な心に案内していきたいものですね。
このようなお話をいたしました。
境内は、この陽気で次々と桜が満開になっております。
今月下旬には、遅咲きの兼六園菊桜などが見頃を迎えそうです。
では、また来月の坐禅会も是非お越し下さい!

4月14日は第2土曜で、毎月恒例の坐禅会が佐伯区観音寺で行われました。
参加者は、初参加の方9名を含め、22名のご参加となりました。
天気が予報よりも良く、沢山の方々にお越しいただけました。

そして、いつものように25分の坐禅を2セットおえますと、みなさんとテーブルを囲んでお茶をいただきながら、茶話会となりました。
今回の坐禅会も、「やまだ屋」さんから、坐禅会参加者の方へ、たくさんの施菓をいただきました。「やまだ屋」さん誠に有り難うございました!
施菓(もみじ饅頭と英雄清盛)

やまだ屋さんのお菓子を皆さんと有り難くいただきながら、私からのお話。
今日は、正直な心の話をしたいと思います。
江戸時代の初期に案山吉道和尚という人がおりました。
案山和尚がある時、木曽路、今の長野県のあたりを旅していると、途中で山賊に出会ってしまいました。
すると、案山和尚はすぐに着ているものを脱いで、「さあ、これでいいんじゃろ」と山賊に手渡すと、ふんどし一丁ですたすた歩いていってしまいました。
こうして、しばらく歩いていた案山和尚、途中でふと気が付きました。
「あっ、ふんどしにお金を入れていたのを忘れておった。」
なんと、お金はふんどしに入れていて、無事だったのです。
しかし、何を思ったのか案山和尚、来た道を戻っていきます。そしてまた、先程の山賊を見つけると、
「いや、すまん、すまん。ここにもまだあったわい。」とお金を渡したのです。
山賊は驚いて、手にお金を押し付けられたまま、口をあんぐり開けて和尚の顔を見ています。
すこしたって、山賊は地面にひれ伏して、涙を流しながら言いました。
「私は凶暴な性格で、今まで人をおどして金や着物を奪ってきましたが、今、生き仏のようなあなたを見て、自分の罪深さを知りました。どうか罪ほろぼしに弟子にして下さい。」
案山和尚、これを聞いて山賊の改心を大いに喜び、それからは常にそばに従えて仏の道を説き、山賊もその後立派な僧侶として生涯を全うしたといいます。
「山」賊を「吉(よい)」「道」へ「案」内した和尚、案山吉道和尚と私は覚えました。
私達は、自分が他人よりも得をするために生きるのでしょうか。いやそれは本当に愚かな道です。
私達の苦しみ、悩みの根本は、自分の我です。
自分の思い通りにしたい、人よりも得をしたい、そんな我が私達を苦しめます。
そのような我はもともと無かったものです。
その我のない本来の自分に帰ること、もともと損得などのない、正直な心になることが私達の本来の生き方です。山賊は、案山和尚の正直な心、我というもののない心に触れ、本来の姿に帰ることができました。
私達も、坐禅をしながら、この我、煩悩妄想をふり払って、自分自身を正直な心に案内していきたいものですね。
このようなお話をいたしました。
境内は、この陽気で次々と桜が満開になっております。
今月下旬には、遅咲きの兼六園菊桜などが見頃を迎えそうです。
では、また来月の坐禅会も是非お越し下さい!
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