観音寺の日々これ勉強中 − ブログ (Blog)
広島市の臨済宗・観音寺のニュース、住職家族たちの日々の出来事、四季の花々などをご紹介致します。
広島椿祭り2010年 初日
今日、3月20日は、元宇品観音寺で広島椿祭りが開催されました。
今年の広島椿祭りは、今日から22日までの3日間。
肝心の天気が心配されておりましたが、おかげさまで良い天気に恵まれました。

私は朝早くから、住職や母と掃き掃除や、お点前の道具を庭に据えたり忙しくしておりました。
お手伝いの方々もいらして、お抹茶を出す準備をしていただきました。
また、今年は、広島椿の会の総会も今日を行われることになり、広島椿の会の会員の方々も来られて例年にも増して忙しい日でした。

今日は、天気は良かったのですが、強い風が吹いていて、「これは春一番か?」とも思いました。
春一番は、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄りの強い風のことだそうですが、今年は2月下旬に既に春一番が吹きましたので、今日の強風は春二番でしょうか?
お茶会の傘が、この春二番?で飛んだり壊れたりするといけないので、開かず閉じておりました。
閉じた傘

今日も多くの方々が広島椿を見にいらしましたが、その中で、ある4人連れのご家族がいらっしゃいました。
まだ小さなお子さん2人、親御さん、おばあさまの4人です。
その方々が、「お抹茶下さい。」ということで、「どうぞお座り下さい。」と座っていただきますと、お子さんが一番上座の正客の位置に座りました。
すると、おばあさまが「○○ちゃんが一番上座に座って、おばあちゃんは一番下座じゃねえ〜」とおっしゃいました。
そこで、お茶の方が子供さんに、「正客さんじゃねえ」と言いますと、まわりのみなさんが笑っていらっしゃいました。
お子さんから見れば、正客も次客もありませんよね!
今晩から雨が降り出しまして、明日の天気が心配ですが、天気予報によりますと、明日は晴れ時々曇りです。
元宇品から見える海景色や広島椿をめでながら、ゆっくりとお抹茶などいかがでしょう?
どうぞお立ち寄り下さいませ!
広島椿 赤の花に少しだけピンクが入っていました!

今年の広島椿祭りは、今日から22日までの3日間。
肝心の天気が心配されておりましたが、おかげさまで良い天気に恵まれました。

私は朝早くから、住職や母と掃き掃除や、お点前の道具を庭に据えたり忙しくしておりました。
お手伝いの方々もいらして、お抹茶を出す準備をしていただきました。
また、今年は、広島椿の会の総会も今日を行われることになり、広島椿の会の会員の方々も来られて例年にも増して忙しい日でした。

今日は、天気は良かったのですが、強い風が吹いていて、「これは春一番か?」とも思いました。
春一番は、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄りの強い風のことだそうですが、今年は2月下旬に既に春一番が吹きましたので、今日の強風は春二番でしょうか?
お茶会の傘が、この春二番?で飛んだり壊れたりするといけないので、開かず閉じておりました。
閉じた傘

今日も多くの方々が広島椿を見にいらしましたが、その中で、ある4人連れのご家族がいらっしゃいました。
まだ小さなお子さん2人、親御さん、おばあさまの4人です。
その方々が、「お抹茶下さい。」ということで、「どうぞお座り下さい。」と座っていただきますと、お子さんが一番上座の正客の位置に座りました。
すると、おばあさまが「○○ちゃんが一番上座に座って、おばあちゃんは一番下座じゃねえ〜」とおっしゃいました。
そこで、お茶の方が子供さんに、「正客さんじゃねえ」と言いますと、まわりのみなさんが笑っていらっしゃいました。
お子さんから見れば、正客も次客もありませんよね!
今晩から雨が降り出しまして、明日の天気が心配ですが、天気予報によりますと、明日は晴れ時々曇りです。
元宇品から見える海景色や広島椿をめでながら、ゆっくりとお抹茶などいかがでしょう?
どうぞお立ち寄り下さいませ!
広島椿 赤の花に少しだけピンクが入っていました!

毎月恒例 観音寺坐禅会 満開の河津桜の下で

今日、3月13日は、第2土曜日で、毎月恒例の坐禅会が広島市佐伯区観音寺で行われました。
今回は、初参加の方、男性2名女性2名を含め、11名のご参加をいただきました。

25分の坐禅を2セットおえますと、みなさんとテーブルを囲んで茶話会となりました。
今回初参加の方に、坐禅会に参加された動機や坐禅をした感想をお聞きしました。

動機は、「坐禅をしたかったので、興味のある職場の人と一緒に来ました。」「坐禅に興味がありました。仏教を研究しています。」ということでした。
感想は、「思っていたより難しかったです。静かにじっとしていることは大変でした。」「何も考えないということが難しかったです。」など。
何も考えず無心になることは難しいですね。
これは、私が修行道場で修行していた頃の話です。
看板袋(かんばんぶくろ)を首からさげて托鉢に出かけますと、みなさんからお金やお米などを頂きます。
托鉢で物をいただく時の作法は、合掌して頭を下げ、看板袋を広げて頂いて、頂いた物を看板袋の中へ入れ、又合掌をして頭を下げます。
私は、最初、いただいたお金の大小や、重たいお米など、いただいたものに心が左右されておりました。
ある托鉢の日、おばあさんからお米をたくさん頂いて、看板袋の中へ入れて、重たいなあと思いながら合掌をして頭を下げそして頭を上げました。すると、おばあさんは私に向かって目を閉じてずっと合掌しつづけていたのです。その姿を見て私は「頂いた物に不平不満をもっていた自分が恥ずかしい。」と思いました。それ以来、托鉢でどんなものをいただいても心から合掌をして托鉢できるようになれました。
お釈迦様の十大弟子の一人、摩訶迦葉(まかかしょう)は、頭陀(ずだ)第一といわれ、托鉢の修行を大いに励まれた方で、頂いた物がなんであっても好き嫌いの感情を全く起こさなかったといいます。私も、それ位無心になっていきたいものです。
私が托鉢でかぶっていた網代笠

さて、托鉢では網代笠(あじろがさ)という笠をかぶって行いますが、こんなことがありました。私が托鉢していた時、ある家の外で立っていると、家の中から中年位の女性の方が走ってこられて施しをうけました。合掌して頭を下げ頭を上げてみると、女性の方は、網代笠をかぶった私を下から覗き込んで「あっ、ちがう。」と言われました。私は「何がちがうのだろう」と思いましたが、修行僧の先輩に同じ背格好の美男子の方がいることに思い当りました。その方がお目当てだったのかもわかりません。急いで出てみると違っていたので思わず「あっ、ちがう。」と。
どんなことがあっても無心でいきたいものです!
早咲きの河津桜が満開となりました!

老師の3回忌法要と会下会
今月の6,7日、私は、修行しておりました大分県の修行道場に行ってまいりました。
老師の3回忌法要に参列するためです。
修行道場

一般の方の法事と僧侶の法事とは違うところがあるかと思います。
和尚の法事のことを斎会(さいえ)と呼びます。前日には宿忌(しゅくき)、当日の早朝には献粥(けんしゅく)、当日の昼前に半斎(はんさい)という法要が営まれるのです。
集まった和尚さんたちは、法事に参列しますと共に、それぞれ法事での役割も担っています。
今回の私の役割は副司(ふうす)です。
副司 観音新命和尚

副司は、会計や引き出物などを担当いたします。
まだまだ未熟な私ですが、先輩に色々とご指示をいただきながら、準備や対応をいたしておりました。
本堂での斎会

斎会も、和尚さん達やお参りして下さった壇信徒の皆さま、料理やお茶などでお手伝いをして下さった方々のお陰で、無事営むことができました。
老師が亡くなられて丸2年経ちました。1年前の1周忌の時には、私は老師が亡くなられたことをまだ信じられないような気持ちでした。ですが、3回忌を迎えてようやく受け入れられたように思います。遺影の老師の笑ったお顔が、今の私を見て笑って下さるように頑張っていきたいなと思いました。
法事の後の晩には、会下会(えかかい)という会が開かれました。
老師の下で修行した者を「老師の会下(えか)」と言うのですが、その「会下」の集まりを「会下会(えかかい)」と言います。
現在の修行道場の老師をはじめ、僧堂の先輩や後輩といろいろな話ができました。
先輩からは、お寺のことからプライベートなことまで色々とアドバイスをいただき大変勉強になりました。
また後輩とは、お寺に帰ってからのことを聞いて先輩の私からアドバイスできることはアドバイスしたり、又後輩がお寺で頑張っている話を聞いて自分も頑張らなくては思わされたりいたしました。
私は、尊敬する老師や修行道場の先輩後輩に恵まれているなと改めて感じた、大分での2日間でした。
春曙紅 二月堂のこぼし

老師の3回忌法要に参列するためです。
修行道場

一般の方の法事と僧侶の法事とは違うところがあるかと思います。
和尚の法事のことを斎会(さいえ)と呼びます。前日には宿忌(しゅくき)、当日の早朝には献粥(けんしゅく)、当日の昼前に半斎(はんさい)という法要が営まれるのです。
集まった和尚さんたちは、法事に参列しますと共に、それぞれ法事での役割も担っています。
今回の私の役割は副司(ふうす)です。
副司 観音新命和尚

副司は、会計や引き出物などを担当いたします。
まだまだ未熟な私ですが、先輩に色々とご指示をいただきながら、準備や対応をいたしておりました。
本堂での斎会

斎会も、和尚さん達やお参りして下さった壇信徒の皆さま、料理やお茶などでお手伝いをして下さった方々のお陰で、無事営むことができました。
老師が亡くなられて丸2年経ちました。1年前の1周忌の時には、私は老師が亡くなられたことをまだ信じられないような気持ちでした。ですが、3回忌を迎えてようやく受け入れられたように思います。遺影の老師の笑ったお顔が、今の私を見て笑って下さるように頑張っていきたいなと思いました。
法事の後の晩には、会下会(えかかい)という会が開かれました。
老師の下で修行した者を「老師の会下(えか)」と言うのですが、その「会下」の集まりを「会下会(えかかい)」と言います。
現在の修行道場の老師をはじめ、僧堂の先輩や後輩といろいろな話ができました。
先輩からは、お寺のことからプライベートなことまで色々とアドバイスをいただき大変勉強になりました。
また後輩とは、お寺に帰ってからのことを聞いて先輩の私からアドバイスできることはアドバイスしたり、又後輩がお寺で頑張っている話を聞いて自分も頑張らなくては思わされたりいたしました。
私は、尊敬する老師や修行道場の先輩後輩に恵まれているなと改めて感じた、大分での2日間でした。
春曙紅 二月堂のこぼし

本山で お経の講習
今月の4日、5日、私は京都の大本山妙心寺へ行ってまいりました。
どういった用事で行ったかと言いますと、お経の節まわしを学ぶ梵唄講習を受けるためです。
この梵唄の講習はこれまで3年にわたって続きましたが、6回目の今回で最終回となりました。
妙心寺内の微笑殿には、50名近くの受講生が集まりました。
開講式前の様子

開講式は、13時半。その前に受付でスケジュール表をいただいて、2日間の講習の予定を見ておりますと、なんと初日から考査(テスト)の文字が!
てっきり1日目は練習で2日目に考査と思っておりましたので、意表をつかれてしまいました。
受講生はみな急いで練習に励みましたが、時間は待ってくれるわけもなく、ついに考査の時間。
1名ずつ部屋に呼ばれ、6,7人いる講師の先生方がいらっしゃる中で、いくつかのお経の節を発声します。
講師の先生方がその節まわしを聞いて採点していきます。
私は、受講生の番号が一ケタだったので、あっという間に順番が回ってきました。
1名の講師の先生ならともかく、6,7人いらっしゃいましたので、大変緊張いたしました。
この考査の結果は後日お知らせいただけるということです。
日が改まった2日目、考査が1日目で終わった一部の受講生は、法務部長さんとの座談会に参加しました。
受講生から様々な意見や感想を聞かれ、法務部長さんは今後の講習をより一層充実させていきたいとおっしゃっていました。
そして、今回の講習も終わり、閉講式には、全6回の講習を修了したということで、私も修了証をいただきました。
修了証

今回の梵唄の講習は、お経の節まわしの講習でしたが、普段の法事では複雑な節まわしをしないかと思います。しかし、毎年8月に多くの方々が参拝される施餓鬼法要では、今回習ったお経の節まわしの一部を聞いていただけると思います。講習が終わりましても、日々練習を続けて、来る法要に備えたいと思っております。
紅都鳥 秋の山

どういった用事で行ったかと言いますと、お経の節まわしを学ぶ梵唄講習を受けるためです。
この梵唄の講習はこれまで3年にわたって続きましたが、6回目の今回で最終回となりました。
妙心寺内の微笑殿には、50名近くの受講生が集まりました。
開講式前の様子

開講式は、13時半。その前に受付でスケジュール表をいただいて、2日間の講習の予定を見ておりますと、なんと初日から考査(テスト)の文字が!
てっきり1日目は練習で2日目に考査と思っておりましたので、意表をつかれてしまいました。
受講生はみな急いで練習に励みましたが、時間は待ってくれるわけもなく、ついに考査の時間。
1名ずつ部屋に呼ばれ、6,7人いる講師の先生方がいらっしゃる中で、いくつかのお経の節を発声します。
講師の先生方がその節まわしを聞いて採点していきます。
私は、受講生の番号が一ケタだったので、あっという間に順番が回ってきました。
1名の講師の先生ならともかく、6,7人いらっしゃいましたので、大変緊張いたしました。
この考査の結果は後日お知らせいただけるということです。
日が改まった2日目、考査が1日目で終わった一部の受講生は、法務部長さんとの座談会に参加しました。
受講生から様々な意見や感想を聞かれ、法務部長さんは今後の講習をより一層充実させていきたいとおっしゃっていました。
そして、今回の講習も終わり、閉講式には、全6回の講習を修了したということで、私も修了証をいただきました。
修了証

今回の梵唄の講習は、お経の節まわしの講習でしたが、普段の法事では複雑な節まわしをしないかと思います。しかし、毎年8月に多くの方々が参拝される施餓鬼法要では、今回習ったお経の節まわしの一部を聞いていただけると思います。講習が終わりましても、日々練習を続けて、来る法要に備えたいと思っております。
紅都鳥 秋の山

ようやく春らしく 花などの季節へ
今日は2月27日、2月もあとわずかとなりました。
立春を過ぎましても寒い日々が続いておりましたが、ようやく春めいてきたようです。

今日こんな広島椿を見つけました。鮮やかな赤色がはいった広島椿です。
暖かくなり花も開き始め、元宇品の観音寺の広島椿も、だんだんと見頃に近づいてまいりました。
今日の広島椿
椿の花が私に春の訪れを告げてくれます。春を感じますね。
しかし椿の花以外にも、私は春を感じております。それは、私の鼻(はな)です。
私の鼻が、スギ花粉を敏感に感じとっているのです。いよいよ花粉症の季節となりました。
晴れた日特に気温が高い日には、スギ花粉が多く飛散いたします。
毎年のことですが、2か月位この花粉症の時期を過ごさなければなりません。
私と同じく花粉症の方にとりましては、つらい時期で、スギ花粉なんか飛ばなければいいのになあと思われるかもしれませんね。
そんな時、こんな話を思い出します。
碧巌録という禅の書物の中にある、「洞山無寒暑」という話です。
これは、昔の中国、唐の時代の禅僧、洞山禅師と、一人の修行僧との問答です。
修行僧 「寒暑到来、如何が廻避せん」(寒さ暑さが来た時、どうしたら避けることができますか)
洞山禅師 「何ぞ無寒暑の処に向かって去らざらんや」(寒さ暑さのない所へ行けばいいではないか)
修行僧 「如何なるか是れ無寒暑の処」(寒さ暑さのない所とはどこですか)
洞山禅師 「寒時は闍梨を寒殺し、熱時は闍梨を熱殺す」(寒い時には寒さになりきり、熱い時には熱さになりきる)
洞山禅師は、この問答の中で、寒い時、暑い時は、それを避けようとするのではなく、寒さ暑さになりきっていきなさいといわれています。
さらに言いますと、この問答は、単に寒暑だけに限らず、人生でのさまざまな苦しみ悩みのことを示しています。
人生で苦しいことがあっても、それを避けるのではなく、無心にありのままを受け止め、なりきっていくことがその苦しさを越えていくことになるということを言っているんです。
これからの花粉症シーズンは苦しい時期ではありますが、私は、花粉症対策もしながら、ティッシュ片手に、過ごそうと思っております。
花粉症の方も、そうでない方も、「洞山無寒暑」の話を思い起こして、ご一緒に、何事も乗り切ってまいりたいものですね!
匂紅 妙姫

立春を過ぎましても寒い日々が続いておりましたが、ようやく春めいてきたようです。

今日こんな広島椿を見つけました。鮮やかな赤色がはいった広島椿です。
暖かくなり花も開き始め、元宇品の観音寺の広島椿も、だんだんと見頃に近づいてまいりました。
今日の広島椿
椿の花が私に春の訪れを告げてくれます。春を感じますね。
しかし椿の花以外にも、私は春を感じております。それは、私の鼻(はな)です。
私の鼻が、スギ花粉を敏感に感じとっているのです。いよいよ花粉症の季節となりました。
晴れた日特に気温が高い日には、スギ花粉が多く飛散いたします。
毎年のことですが、2か月位この花粉症の時期を過ごさなければなりません。
私と同じく花粉症の方にとりましては、つらい時期で、スギ花粉なんか飛ばなければいいのになあと思われるかもしれませんね。
そんな時、こんな話を思い出します。
碧巌録という禅の書物の中にある、「洞山無寒暑」という話です。
これは、昔の中国、唐の時代の禅僧、洞山禅師と、一人の修行僧との問答です。
修行僧 「寒暑到来、如何が廻避せん」(寒さ暑さが来た時、どうしたら避けることができますか)
洞山禅師 「何ぞ無寒暑の処に向かって去らざらんや」(寒さ暑さのない所へ行けばいいではないか)
修行僧 「如何なるか是れ無寒暑の処」(寒さ暑さのない所とはどこですか)
洞山禅師 「寒時は闍梨を寒殺し、熱時は闍梨を熱殺す」(寒い時には寒さになりきり、熱い時には熱さになりきる)
洞山禅師は、この問答の中で、寒い時、暑い時は、それを避けようとするのではなく、寒さ暑さになりきっていきなさいといわれています。
さらに言いますと、この問答は、単に寒暑だけに限らず、人生でのさまざまな苦しみ悩みのことを示しています。
人生で苦しいことがあっても、それを避けるのではなく、無心にありのままを受け止め、なりきっていくことがその苦しさを越えていくことになるということを言っているんです。
これからの花粉症シーズンは苦しい時期ではありますが、私は、花粉症対策もしながら、ティッシュ片手に、過ごそうと思っております。
花粉症の方も、そうでない方も、「洞山無寒暑」の話を思い起こして、ご一緒に、何事も乗り切ってまいりたいものですね!
匂紅 妙姫






